量子力学的振動状態計算法の開発
   

量子系におけるさまざまな現象を解析するためには、系の固有関数・固有値を求めなくてはなりません。固有関数・固有値は「時間に依存しないシュレディンガー方程式を解くことによって得られます。通常、この方程式は基底関数展開法を変分原理とともに用いることによって、御馴染みの「行列の対角化」問題に帰着されます。この様な、線形代数の問題は、数値的な解法が確立されており、コンピューターを用いて高速に解くことが出来ます。
しかし 、高い励起状態の波動関数は沢山の節を持ち、激しく正負に振動することが知られています。(運動量演算子が位置空間では微分演算子で表現されているため、運動エネルギーが大きい状態は波動関数の変化=位置に対する微分量、が大きくなくてはいけないため必然的に激しい振動が現れてしまいます。)基底関数展開法は、このような激しく振動する波動関数(固有関数)の記述を苦手としており、実際の励起状態計算において大変多くの基底数を要求してきます。このため、対角化を行うハミルトニアン行列の次元数が莫大になります。実際、現時点の計算機の能力をもってしても、4次元程度の量子系を振動状態基底関数法で求めるには大変な困難が伴います。
そこで、私達の研究室では、従来の基底関数展開法とは全く異なったアプローチによる量子系の解析手法(シュレディンガー方程式の解法)の開発を試みています。
ここで用いるのは
    ・ニューラルネットワーク
    ・遺伝的アルゴリズム
と呼ばれる手法です。
ニューラルネットワークとは、人間の脳の働きをモデル化した概念で、脳細胞に対応する素子ニューロン(下図参照)の結合したシステムとして実現されます。これは、実際の脳の詳細な動作をそのまま模倣しようというのではなく、「パターン認識」などの高次機能をコンピュータの上で実現させるための論理的な回路の様なものです。下の図は、階層型パーセプトロンと呼ばれるニューラルネットワークを模式的に表した図です。

一方、遺伝的アルゴリズムとは生物の進化をモデルにした最適化アルゴリズムで、解の候補が沢山あってどれが最適解なのかわからないような問題に有用です。(エレベータの運用スケジュールや、列車のダイヤ作成などにも使われています。)化学の分野では、巨大な分子・クラスターの最安定構造を探索、有機合成経路の最適化などに応用されています。下図は、遺伝的アルゴリズムの流れを大まかに示したイメージ図です。
我々は、ニューラルネットワークを用いて波動関数を表現し、シュレディンガー方程式を満たすようなネットワーク(波動関数)を探索することにより、これまで計算が困難であった多次元高励起状態の固有関数を直接求める方法を開発しています。実際に、この方法を水3量体のフリッピングモーションに関する振動状態計算に適用し、3次元固有値・固有関数を求めるとともに、トンネル移動時間を見積もることに成功しています。
また、限られたメモリと計算機処理能力の中で効率よく量子力学的に振動波動関数を計算するための手法として、差分近似を利用した振動状態計算法の開発も行っています。
【関連研究テーマ】
  1. 差分法・ランチョス法を用いた振動状態計算の開発
【関連論文】
  1. M. Sugawara, H. Nakanishi, S. Yabushita, “Calculation of the Tunneling Splittings in Water Trimer with a Genetic Algorithm”, Internet Electron. J. Mol. Des., 1, 450-461 (2002).
  2. M. Sugawara, “Numerical solution of the Schroedinger equation by neural network and genetic algorithm”, Comput. Phys. Commun., 140, 366-380 (2001).
  3. M. Sugawara, H. Nakanishi, “Numerical solution of the Schroedinger equation by a micro genetic algorithm”, Chem. Phys. Lett., 327 429-438 (2000).
  4. M. Sugawara, “Adaptive basis set for quantum mechanical calculation based on element-free Galerkin method”, Chem. Phys. Lett., 314, 522-528 (1999).