レーザー場による反応制御
   

皆さんは化学反応にどの様なイメージをお持ちですか。試験管・フラスコ等のガラス容器を用いた加熱・攪拌などの作業風景、発熱、色の変化等々でしょうか。この様な我々の目に見える・感じられる現象としての化学反応もミクロスコピックな観点(原子・分子サイズのレベルから見た)からみると、 「分子の構成原子の組み替えが時間とともに起こる現象」 と捉えることが出来ます。
溶液中、室温において進行する様な種類の反応速度は主に統計的理論に基づいて決定されています。熱力学的に最も安定な化合物はそれより不安定な化合物より必然的に多く生成します。しかし、ときにはより不安定な生成物の方が必要とされることもあるでしょう。ところが、上に述べた様にエネルギー的に不安定な化合物は熱反応で効率よく合成することが難しくなってきます。その様な場合どうすればよいのでしょう。
ここで、最初のミクロスコピックな観点からの化学反応の定義に立ち戻って考え直してみます。すると分子を構成している原子を直接操作(具体的にはあちらの結合を切ってこっちにくっつけるといった具合に)することによって実現できるのではないかという様な考えが浮かぶ人もいるでしょう。もし、原子をつまむことができるような非常に小さいピンセットがあったとしたらそれを使ってむこうの原子をはがしてこちらにくっつけてしまうみたいなやり方で強引に新たな化学物質を作ってしまうことができるのかもしれません。残念ながらその様な便利なピンセットは存在しないようですが....。
そこで、そのピンセットの代わりの役割をしてくれるのがレーザーパルス(短い時間だけ照射されるレーザー光)です。レーザーパルスの特徴的な性質は、

  1. 位相が定まった(コヒーレント)な光であること。
  2. 多くのエネルギーを非常に短い時間スケール(fs=10の15乗分の1秒)の間に注入できること
などが挙げられます。前者の性質は、分子の振動状態を時間に伴って変化する状態(難しい言葉で言えば量子力学的な非定常状態=波束)に励起するのに適しています。一方で、後者の性質は化学反応が起こるとされる非常に短い時間スケールにおいてレーザーのエネルギーを注入するタイミングを指定できるという面で反応の制御に大変有用なのです。
最近のレーザーはますます高出力・短パルス化が進み、さらにレーザーパルス自体の加工(中心振動数やパルス幅、パルス型など)も容易になってきています。そこで、上手にデザインされたレーザー場を照射することによって、分子内のある特定の結合にメスを入れられる、ひいては目的の原子の組み替え=化学反応を起こすことが可能になってきます。そのためには、目的の化学反応を効率よく促進するためにうまくレーザーパルスをデザインする理論が必要となってきます。本研究室では分子振動の詳細な量子力学的解析法及び一般的な最適制御理論を組み合わせることにより、その様な目的の反応を促進するために最適なレーザー場をデザインすることを目的としています。
右の図は最適化レーザー場による反応制御の一例です。ここで対象になっている分子はpuckering運動(環を構成しているC-C軸とC-N軸の上下が入れ替わる)を通して異性化を起こします。ポテンシャル曲線が描かれていますが左側の井戸に局在化している波動関数が異性体Aに対応し、右側のそれがもう一つの異性体Bに対応しています。ここでの主目的は異性体AからBへの異性化反応を起こす、言い換えると波動関数を無理矢理右の井戸から左の井戸へ移す様なレーザーパルスをデザインすることです。
以下の図に示してあるのは上で述べた異性化反応が効率よく起こるように設計されたレーザーパルスの時間変化の様子です。4つのパルスが用いられていますが各パルスの中心周波数やエンベロープの形も最適制御理論によって決定されています。
【関連研究テーマ】
  1. レーザー場による分子振動の量子制御
【関連論文】
  1. M. Sugawara, M. Tamaki, and S. Yabushita, “A New Control Scheme of Multilevel Quantum System Based on Effective Decomposition by Intense CW Lasers”, J. Phys. Chem., A111, 51, 9446-9453 (2007).
  2. M. Sugawara, “Measurement-assisted quantum dynamics control of 5-level system using intense CW-laser fields”, Chem. Phys. Lett., 428, 457-460 (2006).
  3. M. Sugawara, “Quantum dynamics driven by continuous laser fields under measurements: Towards measurement-assisted quantum dynamics control”, J. Chem. Phys., 123, 204115 (2005).
  4. M. Sugawara, M. Yamanouchi, and S. Yabushita, “Laser field designing by evolutionary algorithm for coherent control of molecular dynamics”, Chem. Phys. Lett., 109, 136-141 (2004).
  5. 菅原道彦 , 『レーザーパルスによる新しい反応制御の可能性 - レーザー場設計のための制御理論』, システム/制御/情報, 48,119-124 (2004).
  6. M. Sugawara, “Tracking of wave packet dynamics by locally designed control field”, Chem. Phys. Lett., 378 603-608 (2003).
  7. M. Sugawara, “General Formulation of locally designed coherent control theory for quantum system”, J. Chem. Phys., 118 6784-6800 (2003).
  8. M. Sugawara, “Local control theory for coherent manipulation of population dynamics”, Chem. Phys. Lett., 358 290-297 (2002).
  9. M. Sugawara, S. Yoshizawa, S. Yabushita, “Coherent control of wavepacket dynamics by locally designed external field”, Chem. Phys. Lett., 350 253-259 (2001).